本日のお散歩2004   藤沢の遊行寺  9.12〜19

この日は梨園から先には行かなかったので帰りにいつも目の前を素通りする藤沢の遊行寺へ行ってきました。上は中雀門、古いのかと思ったら江戸末期のようです。下はその中雀門の中の本坊。

しかし「遊行寺」なんて、遊びに行く寺かい?なんか不謹慎なお寺だな〜と思っていたら全然意味が違うみたい。遊行は「ゆぎょう」:全国行脚の布教のことなんだそうです。(;^_^A 
  一遍上人さま、御免なさい。m(_ _)m
なんでもここは時宗(トキムネではない)のホントに総本山なんだそうです。時宗(ジシュウ)って鎌倉末期だっけ? 他力本願一切衆生、無欲無心無我に「南無阿弥陀仏」を称えるとこの世でも浄土往生が約束されるってやつですよね。歴史に凝っていた高校時代には「やっぱ禅宗でしょう、んな他力本願なんてダメダメ!」なんて思っていたんですが、考えてみると皇族・貴族の宗教・天台宗、武士の宗教・禅宗、いずれも当時としてはインテリでハイソな最上流階級だけが「救い」を得られたのに対して、本当に救いや心の平安が必要だったのは中流や下層階級じゃなかったか、鎌倉・室町時代なんて寺子屋すらなくて、^;読み書き出来りゃ大層なインテリ、東大卒より偉かったかもって時代ですからね〜。
「信心を持つことこそ大切なのです。南無阿弥陀仏と唱えなさい」と言うのは当時としては利にかなっていたかも。

ところで今回、遊行寺に立ち寄ったきっかけは実は新田義貞が鎌倉攻めのときここに本陣?を置いたようなのです。そのあたりの由来がどこかに書いていないかとお寺の境内を歩き回ったのですが、義貞自身は時宗とは関係無いみたいですね。

上はその参道です。下はその参道の途中にある支寺。院じゃないですね。格が上なんでしょうか? 良く解りません。


ところでこの遊行寺の境内に我が家の北道3世号のご先祖様が!
あ〜、力強くて凛々しいですね〜。なに? 北道3世号の先祖はクラブモデルじゃなかったのかって? 何をおっしゃるやら。この時代のお手本はイギリスなのですぞ!
それにしても隣のお子さま自転車との対比が面白い。この寄り添い方はホントに親子で来たのでしょうか? それともお孫さん?