奈良・古建築の旅      東大寺の転害門      2016.05.13

宿でレンタル自転車を借り、7時59分にここに着きました。朝食はウイーダゼリー1個。今日も忙しいんです。
でも東大寺に来てこの門しか見なかったなんて、私ぐらいのものでしょう。観光客はあまり来ない。
東大寺の中で一番人気が無いものです。東大寺の歴史は古いのですが、でも平家の南都焼き討ちなど多くの戦火に焼かれて、奈良時代のもので残っているのはこの転害門(てがいもん)だけです。「てんがいもん」ではありません。

転害門は八脚門です。

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もっともこの写真を撮ってたときは「てんがいもん」だと思っていたんですが。(,_'☆\ ベキバキ
法華堂とか校倉造の蔵とかはありますが、法華堂は鎌倉時代に礼堂(らいどう)が追加されて、奈良時代の姿ではありませんので。

八脚門は法隆寺南大門東大門に続いてこれで三つ目、三棟造としては法隆寺東大門をもう見ていますから二つ目になります。そろそろちゃんとした説明を。八脚門は寝殿造には使いません。もっと格の高い内裏とか大寺院だけです。

本柱(ほんぱしら)と側柱(かわばしら)

八脚門・四脚門とも扉口のつく中央の柱列の柱を本柱(ほんぱしら)と云います。この本柱の数は八脚・四脚に含めません。その数字は前後の側柱(かわばしら)の数です。四脚門は当然扉口が1か所ですが、八脚門の場合はやろうと思えば扉口を三つに出来ます。この東大寺転害門のように中央一ヶ所だけのものを三間一戸(さんげんいっこ)の八脚門と呼びます。法隆寺南大門、東大門もそうでしたね。あとの説明はこちらをご覧ください。

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三棟造(みつむねづくり)

東大寺伽藍を差し置いて、これだけ見にきたのはこの門が三棟造だからです。三棟造の門は、復元ものならこのあと午後に見に行く唐招提寺や薬師寺にもありますが、昔のものは法隆寺東大門とこの東大寺転害門だけです。

古代の八脚門では側柱と本柱間の梁間に正面背面とも別々に化粧屋根裏天井が張られます。そのため下から見上げると、内部は前後に屋根が並んだ形になり、棟が2列並びます。更に本柱上には門全体の棟があるため棟が三つ、なのでこのような構造を三棟造と呼びます。でも廊だと二棟廊と呼ぶんですよね。聞いた訳ではありませんが三棟造というのは断面図からものを考える建築史家の学術用語ではないでしょうか。二棟廊の方は平安時代からそう呼ばれています。

三棟造の門は現存するのは先に述べたようにここと法隆寺東大門だけで、両方とも奈良時代のものですが、多分平安時代もそうだったのでしょう。寝殿でも天井が張られるのは平安時代後期ですので。それが中世になると寝殿以外にも天井が一般的になり、八脚門の内部にも全面平らな天井が張られるので、このような化粧屋根裏天井にならず、三棟造は無くなります。

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それにしてもこの側柱の節。凄いなぁ。まあ木材としてはあまり上物とは云えませんが、ここまで年月がたつと迫力ですね。まるでこっちを威圧しているみたい。

この転害門でも前面中央の扉の上は格子の平天井が組まれ、その上は三棟にはなっていませんよね。屋根全体の棟木が隙間から見えます。これが門の天井全体に広がったのでしょう。

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側面を見ると、屋根の中心、棟木の下の蟇股(かえるまた)の下に、桁が突出しているのが見えますよね。あの桁が上の写真の虹梁の右上にある桁です。屋根中央の棟木はその桁に立てられた束で支えられています。化粧屋根裏天井なのですが、現在の転害門には化粧垂木の上に板が張られていないので、上の写真をよーく見るとその束が見えます。虹梁の右端の上です。本柱(ほんぱしら)の真上になりますね。工藤先生、見えますって。

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こちらは反対側。やっぱり化粧屋根に板は張られていません。奈良時代にはあったんだろうと思いますが。

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でも凄い迫力ですよね。

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柱の直径は70cmとか。現存最大ではありませんが、法隆寺金堂でも60cm。現存する建物の中でも上位に位置するそうです。そんなに異様に太いようには見えませんが、柱間(はしらま) の寸法も大きいからバランスが取れているようです。資料は持ち合わせていませんが、見た感じ13尺前後? 4m近くありそうです。八脚門としては最大級とか。

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見た感じでも法隆寺の南大門や歩が東大門より大きいですよね。特に幅が。

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あっ、小学生の女の子達。現在平日の朝8時4分なので登校でしょう。

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無人になったところでもう一枚。

出組(でぐみ) 

地垂木は丸材ですね。室生寺の五重塔で説明した地円飛角(じえんひかく)の二軒です。この転害門はもとは法隆寺東大門と同じように平三斗(ひらみつど)だったそうですが、鎌倉時代に改造されて今は組物が出組(でぐみ)になっています。出組ってえ〜と、一手先? この写真の方が解りやすいかも。左の柱の上の組物を室生寺で見たこの図と見比べてください。側柱の外側に出桁が一本あって、それを枠肘木の上の一手目の斗とその上の秤肘木と三斗(みつど)で支えているでしょ。でもこちらの記事の図の方が直接的で解りやすいかも。

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この写真は本柱(ほんぱしら)の上の束は見えるかな? う〜ん、拡大しても暗くて解らないですね。

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頭貫(かしらぬき)

上の写真で本柱の上部に桁(横木)が貫通しているように見えますが、あれを頭貫(かしらぬき)と云います。ノミで彫り込みを入れて桁を落とし込んでいるんです。柱の左右で別の木材かもしれません。これは飛鳥時代からあった技法です。これをやらないと柱は立ちません。礎石に乗ってるだけなんですから。

長押(なげし)

頭貫の横柱の下に扉口のとこだけ横木が填めてあります。長押(なげし)です。填めてあるようにも見えますが、本柱に切り込みを入れてるのではなくて、長押の方に柱に合わせて切り込みを入れ、法隆寺iセンターで見たあのデッカイ釘を一本打っています。「板を釘一本で打ち付けただけじゃ横揺れを防げないでしょう、少なくとも二本打たないと」と思っていたんですが、あの柱に合わせた切り込みとセットで横揺れを防いでいるんですね。鎌倉には飾りに化した長押しかないので気づきませんでした。鎌倉時代に藤原定家が新しい家を建ててる最中に倒れてしまって、まだ長押を打っていなかったからだと『明月記』に書いて記事があったと思います。貫が登場する前の重要な補強工法です。今の和風建築にも残っていますが、構造材ではなく、ほとんど様式化された飾りに。

貫(ぬき)

下の画像では本柱と側柱をつなぐ下側の木は側柱を貫通して、ガッチリ固定するためにクサビが打たれています。これが貫(ぬき)です。この技法は長押よりも強固に柱の横揺れ、倒れを防ぎます。重源の東大寺再建のときに中国(宋)から伝わった技法で、そのあと一気に広まりました。ここに使われたのは先に触れた鎌倉時代の解体修理のときでしょう。実は法隆寺東大門でも使われています。

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側面から見ると平三斗を出組にして大斗の上に通肘木が入り、,虹梁が1段上げられたことが解ります。

通肘木(とおりひじき)

通肘木とは肘木のうち組物相互間をつなぐ長いものを云いますが、なんか肘木と云われてもピンときませんね。横柱じゃないか!って。大斗の上に乗って、その上に斗(ます)を乗せて虹梁(こうりょう)などを支えているのでそう呼ばれるのでしょう。流派によってはとおしひじきとも。

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二重虹梁蟇股は法隆寺東院の伝法堂のように、前側から後側まで1本で架け渡され、その二間(ふたま)通しの大虹梁の蟇股(かえるまた)の上に二段目の虹梁が乗りますが、八脚門などでは中央に本柱が四本並んでいるので、側面から見ると下の段に虹梁が二つ、その中央に蟇股が乗り、その上に二段目の虹梁となっています。蟇股はちょっと変わった形ですが奈良時代のものに間違いないそうです。でも木鼻が出ている。

木鼻(きばな)

木鼻(きばな)というと神社仏閣などの正面の、柱から突き出た木の獅子やらなんやらの「左甚五郎かい!」って云うようなゴテゴテした彫り物のイメージが強いですが、それは江戸時代以降の話。元々は「木の先端」という意味の「木端(きばな)」が転じたものです。貫や頭抜きなどの端が柱から突き出している部分を云います。
上の写真では柱の上の大斗、肘木、斗の上の突き出している横柱です。判りませんかね? では本柱上の拡大画像に矢印を付けましょう。実は左側の柱の上にもあるんですが。木鼻(きばな)は重源の大仏様から始まり、初めはこのように単純な彫りを先端につけただけでした。大仏様の木鼻には円弧の連続する独特の繰形がつけられます。

この部分も先の出組(でぐみ)と同時の鎌倉時代の修理ですね。飛鳥時代の法隆寺金堂も、奈良時代のこの転害門も、建てられたときのままの姿で今に残る訳ではなく、途中で何度も修理され、補強されて今に残っています。

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工藤先生は「東大寺転害門は、前後2本の虹梁が連続するように見せる。」と書かれていましたが、そうは見えないなぁ。 

門の脇には崩れかけた築地塀が。は〜、たまらん♪

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ほんと、土ですねぇ。実際には粘土になにかを混ぜたりしてるんですが。にがりだったかな?

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update 2016.9.27